暮らし

2009年7月 7日 (火)

養蚕

気仙沼市八瀬地区には、明治期の養蚕農家の形式を残す民家が沢山残っていますが、未だに養蚕を続けているのはわずかに2件だけです。

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かつてのように、住宅内での養蚕は流石に行われてはおりませんが、

かなりの重労働と忙しさはかつてと変わりません。

それゆえ、後継者が育たず、素晴らしい日本産の絹は僅か5%に過ぎないとか・・・。

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住宅の周囲にぐるっと桑畑が広がりますが、

平坦地を歩くのとは違い、急な坂道を桑を毎日運ぶのは重労働である事は聞かなくても分かります。

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まだまだ小さい3零幼虫は、これからたくさん桑を食べ2週間後には繭を作り始めます。

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県からの定期的な養蚕指導を真剣に聞いているSさんご夫婦は、「八瀬そば」を提供し始めた「八瀬・森の学校」の会長でもあり暇を見つけては地域活動も熱心に行っています。

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Sさん宅は養蚕農家の形式を残す古民家で涼やかな風が通り過ぎますが、Sさんご夫婦も優しく包み込むように訪れる人をもてなす暖かさに溢れています。

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「田舎の漬物も食べてみて!」と笑いながら出された漬物はなんと「ワラビやフキ」も混じった漬物で、これまた優しい味でした。

気仙沼の郷土料理と言えば「アザラ」が有名ですが、

「フキのアザラ」は八瀬ならではの逸品でした。

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もっと凄かったのは「フキの煮物」

デパートなら行列ができること間違いなしです!!あまり美味しくて写すの忘れてしまいました。

地域産業であった「養蚕」を、今なお「何の苦もないです!」と楽しそうに語るご夫婦がちょっとまぶしかったです。

「ma」

2008年11月 2日 (日)

峠超え

古街道につきものの「峠」

昨今は、この峠の幾つかが地図上からも消えてしまい「古道」を辿る術もなくなりつつあります。

今日は、古人がかつて歩いた道に思いを馳せ「気仙沼街道」から室根山を越え「今泉街道」の要所「大原」まで行ってみました。

かつては、八瀬街道から中谷峠を越え「室根神社」や「大原」まで行ったそうです。

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国道284号のちょうど裏側、室根牧場からの眺望です。

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室根山頂を望む位置に室根牧場とジンギスカンが楽しめるレストラン、宿泊施設などが並んでいます。

この山を越え、下りたところが「大原」

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右の台形の山が「室根山」大原の町はまだまだです。

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山を越え、また山越えしながら、古人は交易をした・・・そんな苦労がしのばれます。

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大原は、かつて「海と山」の物資が行き交う場所として大いに賑わった事がうかがわれる建物が立ち並び情緒ある街です。

「中谷峠」は「ががや峠」とも呼ばれているようで、かつてこの峠を越えようとした母子。あまりに子供が泣くので「犬にでも食われてしまえ」と言って置き去りにし、「ががや」「ががや」と泣き叫んでいたけれどそのうち声がしなくなり、母親が戻ってみたら子供はいなくなってしまっていた…。それ以来この峠を「ががや峠」と呼ぶようになったと言われています。(新月村誌)

古道には、地蔵や石碑が沢山残っていますが、建物など目立つ物の少なかった時代、石の建造物は壊れにくく旅の目印としては大事な役目だったのでしょう。

「街道」の魅力は、今なお残る歴史ある建物などからその時代の生業や古人の生活や考え方まで思いをはせることができる事ではないでしょうか。

「気仙沼街道」「東浜街道」を中心に、これからもその街ならではの魅力をUPしていきたいと思います。「ma」

※ 大原には、薄皮まんじゅうの店「石橋」商店。また、大原の先「沖田」にも薄皮まんじゅうの店・その名も「まんじゅう屋」があります。いずれも、晒し餡(黒糖仕上げ)

2007年10月17日 (水)

まき網

気仙沼湾には、大小さまざまな漁船が並びます。

まさに大きな大きな船の博物館です。

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稚内のまき網船です。

今の時期は「サバやアジ」、春は「マグロやカツオ」だそうで、まき網で獲った魚は、保管専用の船に移しますので2艘で連なって出航します。

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まるで双子の兄弟みたいですね。

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夕暮れの内湾は、昼とはまた違った魅力が一杯です。

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とっても明るい人達で、「写真を撮ってくれ!」「ホントに写してくれるのか?!」と必ず笑顔で話しかけてくれます。

この船の方々は、「女だって構わないから、船に乗っても良い、乗れ乗れ!!」と言うのです。乗りたかったけれど、女神様に叱られて、不漁だと悪いのでグッと我慢しました。

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丁度、早めの夕飯をしてる方が居ました。「見ていいよぉ~」と、指差してるところです。初対面でも楽しい会話が出来るのも気仙沼の魅力ではないでしょうか!「ma」

ps:先日ブログで紹介した長久丸さんからは、早速戻りカツオ2本いただきました。御礼は何たって「黄金酒街道」

みんなが珍しそうに手にとって眺めていました。水揚げすると直ぐまた出航。今頃は洋上です。祈大漁!!

2007年9月14日 (金)

カマガミ様Ⅲ

カマガミ様 

気仙沼に伝わるカマガミ様の話・・・

昔、薪を背負った男が穴の前を通った時に、穴から人が出てきてその薪を欲した。

男は薪を全部穴に入れたところ、そのお礼に「ショウトク」と云う名のおかしな子供を貰った。

ショウトクはお客さんの前でもヘソをいじる癖が会ったので、男がとがめると、ヘソからコトンと小判を出した。

男は欲を起こしてショウトクのヘソを強くこづいたところ死んでしまった。そのショウトクを祀ったのがカマガミさまだと云う。『気仙沼市誌より』

他に、使用人に辛くあたり、後になってそれを後悔してカマガミとして祀ったとか、手間取りを祀ったとかと云うところも有るようです。

(これは前述した岩出山の話とちょっと似てますね。)

いずれにせよ、家を盛り立てた者を祀る事で、その後の家の繁栄を約束させる・・・と云うことであったみたいですね。


実は、カマガミ様は怖い面相とばかり思っていましたら、にこやかなお顔のカマガミ様も多くいらっしゃいました。「Ma」

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これは、市内某所に元日~15日迄祀られるオシラ様です。毎年一枚づつ布をかけるのですが、厚みでこの家の歴史がお分かりになるかと思います。『撮影・Ma』

伝わる暮らしが地域文化なのですね・・・。大事に伝えていきたいものです。

2007年9月12日 (水)

カマガミ様Ⅱ

カマガミ様の話題が出たので、私もパートⅡを。

カマガミ様は、土製又は木製の恐ろしい面相をし、『カマガミサマ』或いは『カマオトコ』と呼ばれ、旧家の土間の竈(カマド)の上あたりの柱に戸口の方向に向けて掛けてある。

南岩手の旧伊達藩と宮城県内にかつては多く見られたようです。

この神については・・・岩出山町に伝わる話があります。

『ある女が嫁に行ったが、働きが悪いと言って家を出されてしまった。(つまり離縁ですね) その家では、後に働き者の嫁を貰ったが間もなく潰れてしまい、その男は乞食になった。

乞食をして歩いているうちに、前に出した女(嫁)の家に辿り着き、不憫に思った
女は男をその家の竈の火炊きに雇う。

しかし、男は竈の前で死んでしまったので、『カマガミサマ』として祀った。と云うものである。


宮城県内には面の神像は掲げない場合でも、竈の上には『オカマサマ』が祀ってあり、正月にはしめ縄を供え『オカマジメ』とか『オヒツエ』と呼ばれる所もあるとの事。

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登米の旧家に有るカマガミ様です。改修で、竈は無くなり居間に飾って有ります。古い時代は、土などで作り目には貝をはめ込んだものも有ります。「Ma」